近年、従業員の健康が企業のパフォーマンスおよび実績と密接に関係していることが判明しました。
従来の従業員個人が自身の健康を保持・増進するのではなく、企業が従業員の健康を保持・増進することで会社を成長させられる「健康経営」が注目されており、従業員一人ひとりが最大限のパフォーマンスを発揮できる場である「健康経営オフィス」も導入され始めています。これら一連の取り組みは経済産業省が推進していますが、「健康経営と健康経営オフィスが、どういったものかよくわからない」「うまくイメージできない」という人もいるでしょう。
今回は健康経営がどのようなものか、注目されている理由、メリット、健康オフィスを作る際のポイントについてご紹介します。
健康経営とは
健康経営とは企業が経営的視点から従業員などの健康を考え、戦略的に健康管理の改善を実践していくことです。
健康経営を行い、従業員の健康を増進すると従業員の活力が向上し、生産性および収益の向上、株価上昇などといった企業の活力を高める効果が期待できます。
従業員も健康に業務を行えるため、医療費の削減、生活の質の向上が見込めて、企業と従業員の両方がメリットを得られる取り組みです。
また健康経営は、2013年に閣議決定した日本再興戦略の課題である国民一人ひとりが健康的に寿命を延ばすこと、および2017年に閣議決定した未来投資戦略の課題である長期的な日本経済の課題解決につながる重要な取り組みといえます。
健康経営の言葉を利用する注意点
企業が健康経営という言葉をWebサイトやパンフレット、冊子に利用する際に注意すべき点があります
なぜなら健康経営はNPO法人健康経営研究所で商標登録されている言葉だからです。そのため、Webサイトやパンフレット、冊子に記載する際は、NPO法人健康経営研究所にあらかじめ問い合わせましょう。
登録商標を利用するものと掲載媒体について記入したメールを健康経営研究会宛に送ることで、健康経営という言葉を使えるようになります。
健康経営という言葉を使用するときは、最初に登場する健康経営という言葉に登録商標マークを記入して健康経営®という表記にすること、【「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です】という注釈を記載すること、イベントなどの催事の際は健康経営研究会が実施主体でないことを注意喚起することが必要です。
※問い合わせ方法の詳細は株式会社ビゼルの該当ページ【健康経営研究会からのお知らせ(登録商標の使用について)】より、ご確認ください。
URL:https://kenkokeiei.co.jp/kenkokeiei_executiveoffice_info/
健康経営が注目される背景
なぜ今、健康経営が注目されているのでしょうか。
理由は5つあります。
1つめの理由は、少子化による日本の生産年齢人口の減少と労働者の不足です。
1995年には日本の生産年齢人口は約8,700万人でしたが、2015年には約7,700万人になってしまいました。たった10年で生産年齢人口は約1,000万人も減少してしまったのです。それだけでなく2030年には47都道府県全域で約644万人の労働者不足が発生するといわれています。この人数は千葉県の県民数と変わりません。
つまり県がひとつなくなってしまったのと同じくらいに労働者が足りないのです。そうなってしまうと従業員ひとりあたりの業務量が増加し、超過労働が発生するおそれがあります。長期間の超過労働は心身の健康を損なう危険があります。
2つめの理由は、高齢化による定年退職の引き上げといった職場への影響です。
生産年齢人口の減少を抑える対策のひとつとして2025年4月から、中小企業を含む全企業で定年退職の年齢を60歳から65歳へ引き上げが、義務付けられているのです。また土木建築や運輸といった一部の業種で従業員の高齢化が問題となっています。年を取るにつれて人間の身体は不調をきたしやすくなり、骨折や転倒もしやすくなるため、業務中の事故や怪我が発生するおそれも大いにあることから、高齢者が健康かつ安全に働ける職場環境作りの必要性が迫られています。
3つめの理由は、従業員の健康状態が企業の業績や生産性に影響を与えることが、科学的に証明されたことです。
戦前から栄養失調状態では業績や生産性が上がらないことが知られていましたが、長らく科学的に立証できていませんでした。しかし、アメリカの臨床心理学者であるロバート・ローゼンが健康経営の概念を提唱し、数多くのアメリカ企業のデータを分析調査しました。
その結果、心身ともに健康的な従業員の多い企業ほどパフォーマンスを発揮しやすいこと、業績や生産性によい影響を与えることを、ついに証明したのです。彼の研究以外にも、従業員が体調不良や病気をしている状態で業務を行うと、生産性が低下するプレゼンティーズムの発生についても証明されつつあります。
4つめの理由は、ワーク・ライフ・バランスが社会的に注目されていることです。
超過労働は従業員の士気を下げ、パフォーマンスが発揮しづらくなります。長期間の超過労働は体調不良や重い病気の発症だけでなく、過労死の原因にもなりますし、長時間企業に拘束されている状態による親の介護や未就学児の面倒を見る問題、家族間のコミュニケーション不足が起きてしまいます。
ワーク・ライフ・バランスが働き方改革で取り上げられ、世間一般で認知されるようになり、仕事と家庭を両立させる仕事スタイルが重要視されるようになったのです。
5つめの理由は少子高齢化による国民医療費と介護保険給付の増加による経済停滞のおそれです。
少子高齢化の影響による生産年齢人口の減少や高齢者の増加から、国民医療費と介護保険給付が増加しており、2017年には予算ベースで社会福祉費が120兆円を上回りました。これは生活習慣病や高齢化による病気・怪我、精神・神経による病気の増大が原因で、財政が圧迫され、企業も立ち行かなくなり、日本経済が停滞してしまう未来を回避する方策として国民の健康が重視されるようになりました。また近年、経済産業省や自治体が積極的に旗振り役をしていることも後押しとなり、多くの企業が健康経営を導入し、取り組むようになったのです。
健康経営のメリット
それでは健康経営を行うメリットはなんでしょうか。
メリットは4つあります。
1つめのメリットは「生産性の向上」です。
従業員の欠勤・休職するアブセンティーイズムが発生すると、企業の労働生産性が急激に悪化してしまい、就業している従業員は自分の仕事だけでなく欠勤・休職している人物の仕事も負担することになります。そうなると、ひとりで行えない業務量となり、就業していた従業員が心身に不調をきたし離職するケースが増えてしまう負の連鎖が怒りかねません。
そのような状態が続くと労働環境は悪化の一途をたどり、人手不足によって企業が倒産する可能性が高くなっていくのです。欠勤・休職がなくても心身に不調をきたしている従業員は、本来の力を発揮できないプレゼンティーズムの状態に陥ってしまうため、従業員の多くが心身に不調をきたしている企業は莫大な損失額を抱えやすいケースが多いのです。
健康経営を行っていれば、従業員が心身ともに健康状態が良好なので、このような最悪の事態を回避できます。
2つめのメリットは「企業イメージの向上」です。
中小企業やベンチャー企業にとっては会社の知名度を上げることは非常に難しいです。
しかしながら健康経営を行う健康経営優良法人や健康宣言事業では、認定された企業の公表、表彰、プレスリリースが実施されることがありますし、健康経営を行っていることを公式WebサイトやSNSなどで宣伝すると、広報費や広告に予算を割かずに企業の知名度を広げられるのです。
健康経営を行っている企業として知名度が上がれば、企業イメージの向上も可能です。
3つめのメリットは「離職リスクの低減」です。
心身に不調をきたしている従業員が多いと離職率が高くなります。特に新卒で入った従業員がひとり早期退職してしまうと会社は280万円のコストを負うとされています。それだけでなく損失を回収するには1,400万円の売上増を達成しなくてはなりません。健康経営を行うと、心身に不調をきたしている従業員の人数を減少させることができるので、離職率を低くすることができ、人材の定着も期待できます。
4つめのメリットは「保険料負担の低減」です。
心身に不調をきたしている従業員は定期的な通院、症状の軟化または完治するまで服薬をする必要がでてくるため、心身に不調をきたしている従業員の人数が多いほど保険料の負担は増加します。しかし健康経営を行い、健康の保全・増進をすることで病状によっては通院や服薬の回数を減らすことができ、その結果、保険料の負担低減ができるのです。
【参考】[健康経営とは?意味とメリット、やり方・取り組み例を初心者向けに解説](https://hr.ds-b.jp/what-is-healthy-company/)
健康経営オフィスについて
健康経営オフィスとは、2015年に経済産業省が『健康経営オフィスレポート』内で提唱した概念です。
健康経営を導入し、働く人の健康を保持・増進して心身の調和と活力向上を図り、一人ひとりのパフォーマンスを最大限発揮できる場のことを健康経営オフィスといいます。
健康経営オフィスをつくるポイント
健康経営オフィスをつくるポイントは、快適なオフィス設計、コミュニケーションの取りやすいオフィス設計、健康意識を高めることの3つです。
それぞれを詳しく解説します。
快適なオフィス設計
快適なオフィス設計とは、従業員が快適と感じるオフィス環境をつくることです。
使い心地のよいデスク・チェアの導入、定期的な換気システム、観葉植物の設置、太陽光を自由に差し込めるブラインドまたは窓などがあげられます。
快適なオフィス環境に整備すると従業員は「姿勢を正す」行動を取り、「触感・空気質・光・音・香りを快適と感じる」、「パーソナルスペースを快適と感じる」ことができます。これらは「運動器・感覚障害」、「メンタルヘルス不調」、「心身症(ストレス性内科疾患)」の予防・改善につながります。
コミュニケーションの取りやすいオフィス設計
コミュニケーションの取りやすいオフィス設計とは、従業員同士がコミュニケーションを取りやすいオフィス環境をつくることです。
社内のできごとや情報が確認できる新聞や社内報を発行する、共同作業スペースでの共同作業の推進化、ミーティングルームといったスペースの新設などがあげられます。
従業員同士がコミュニケーションを取りやすいオフィス環境に整備すると従業員は「気軽に話す・あいさつする・笑う・感謝する、感謝される」、「従業員同士の業務内容や企業目標などを知る」、「共同で作業する」ことができ、「メンタルヘルス不調」、「心身症(ストレス性内科疾患)」の予防・改善につながります。
健康意識を高める
健康意識を高めるとは、従業員一人ひとりが自分の健康を定期的に確認する意識が高まるオフィス環境を作ることです。健康測定器具の導入、定期的な健康状態のチェックシートの回答、健康セミナーの開催、健康相談窓口の設置などがあげられます。
自分の健康を定期的に確認する意識が高まるオフィス環境に整備すると従業員は「健康情報を閲覧する」行動を取り、「自分の健康状態を定期的にチェックする」ことを意識することができ、「運動器・感覚器障害」、「メンタルヘルス不調」、「心身症(ストレス性内科疾患)」、「生活習慣病」、「感染症・アレルギー」の予防・改善につながります。
まとめ
今回の記事で健康経営がどういったものか、健康オフィスを取り入れる際のポイントがどこか、イメージいただけたでしょうか。
健康経営とは経済産業省が推進している、企業が従業員の心身の健康保持・増進を行う取り組みで、徐々に社会に浸透しつつあります。
今後、少子高齢化の影響を避けることは難しいでしょう。たとえ子どもの数が爆発的に増えるできごとがあったとしても、その子どもが働き手になるまでに18から22年の歳月が必要になりますし、また、定年退職の年齢が上がったことによる従業員の高齢化だけでなく、物価高騰や増税による生活苦から、すでに定年退職した高齢者が再雇用制度の利用や就職活動を行うことにより、高齢の労働者が増加すると考えられます。総務省統計局の発表によると、すでに2020年時点で高齢の就業者は906万人と過去最多となっています。
企業が健康経営を導入することのメリットは大きく、重要な取り組みといえるでしょう。現在、企業で活躍している従業員が、これから先も長く活躍できるようにするためには心身の健康が最重要です。そのためには快適なオフィスを設計し、健康意識を高めた従業員がより気持ちよく働ける環境を整え、天災や病の流行があった際も従業員が全力で力を発揮し、ハイパフォーマンスで業務を行えるように、健康経営を導入してみませんか?
監修
舛田 羊一
- 舛田建築design研究所CEO
- 春うららかな書房 家具事業部 部長
- 一級建築士、環境経営士、宅地建物取引士
大手家具メーカーで家具の設計、国内上場企業のオフィスプランナーとして勤務。その後、2015年に現研究所を設立し、国内外のミュージアムプロデューサーやライブラリーなどの空間プロデューサー兼デザイナーとして活動中。
春うららかな書房では、空間プロデューサーとしてオフィス空間のトータルプロデュースを行っている。
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